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| 渡辺千秋氏 建築塗装・・・平成2年度受賞 |
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| 裸一貫、腕一本で |
| 伏見稲荷の賑わいに誘われるように大正八年に京阪伏見稲荷駅近くに塗装店を構えたのが渡辺さんの父だった。福井の生まれで十六歳の時に塗装店に奉公し、年季の明けた二十歳の時だった。 |
| 伏見第二工業学校(現伏見工校)の塗装科に入学。卒業して程なく徴用され、舞鶴海軍工廠の造船部で塗装の仕事に就いていたが、志願して海兵団へ入団、館山航空隊、そして厚木へ無事に戻ってきたわけで、専修学校に入って勉強し、勤めに出るか、後を継ぐか迷ったが七人兄弟の長男、そんな責任感もあって敗戦の年にすぐに家業の塗装店に見習いとして入った。十三歳の時から刷毛を持っていたから違和感はなかった。当初は進駐軍が入ってきて仕事は結構忙しかったがやがて不況。父の厳しさと武者修行の意味もあって四年間、市内七箇所の塗装店で修行し、多種多様な塗装の技術、そして商売のやり方を学んだ。 |
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| 美しい冴え |
| 昭和三十年に渡辺塗装店を自営。その中で伏見稲荷という年柄との縁か、丹塗りの技能に抜きん出、その上、自ら「朱丹塗料」と名付けた新しい塗料の開発に成功した。 |
| 神社の杜、鳥居、玉垣などの丹塗りはその色合いに新鮮さと神々しさが求められる。しかし、従来のニカワ糊を用いた塗装施工では温度や湿度の変化によって密着不良を生じたり、油性朱丹塗りによる通気性の不良などさまざまな欠点があった。 |
| 三年間、試行錯誤を繰り返して、ニカワの持つ欠点を改良した強度の塗膜と、早期白化現象の起きない塗料の研究を重ねてエマルジョン系塗料の開発に成功したのである。 |
| 朱丹塗料はそれまでの欠点を克服し、立地条件に左右されず、仕上がり面の美しさが特徴だった。伏見稲荷大社の鳥居や玉垣、上賀茂神社の楼門、回廊などで冴えた朱丹の色を見ることができる。 |
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| 塗装の始まり |
| 古来中国より渡って来た塗装である。漆で朱丹を溶き、使用され、その後、日本では柿渋液、仁皮のり等で塗装されてきた。
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| 丹塗りの目的 |
| 人々の祈りを神仏に乞う、自然の現象として、秋の収穫と真赤な夕日が如く照り映える、大地の姿を現したもの。
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| 景観の調和 |
| 山、野に木々の緑にマッチし、一段と朱塗りの映える壮観は身も心も洗礼された情熱に燃える美しい景貴である。
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| 最盛期の塗装法 |
| 一般多く使用されてきたものに(ニカワ3千本)を水で焚き、その(のり液)で、笠高丹、長吉丹と言う社寺専用丹を溶き、更に本朱を入れて色を更に良くして(赤目で)塗装してきたものである。
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| 最近の塗装法 |
| もともと丹は鉛で出来ておるもので、大変重い粉末で塗装中において容器内で沈殿しやすく容易でない。以前は専用稱丹が多く使用であり(軽)く塗装は良好に出来た。今は需要卒のせいか作っていない。最近は他種塗料とか油性朱丹塗仕上、又はウレタン塗料にて朱丹色調合塗料で塗装されているものが多くなった。
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| 従来・現在の施工効果 |
| (イ)従来のニカワ塗装は木部の含水少量であっても塗膜の通気性が良く、又、仕上がり面がつや消しで映えて雨降り後などは特に美しい色をしている。
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| (ロ)現在の塗装は仕上がり面が油性のため表面が光って神仏の塗装として何となく新鮮さにかけて神々しさなく(日本調でない)(約一年ほどで変色する)
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| 塗装技術の特色 |
| (イ)充分ニカワ溶き朱丹塗装に困難な場合は、四季の温度と乾き具合によって(ニカワのり)濃度加減と下地の調和とで密看不良をおこし、経験の永い技術者でも施工困難である。特に、神社、その他の時でも立地条件が左右される。
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| (ロ)最近の油性系朱丹仕上は、物体の通気性を損ない物体をむしくさらし、又表面の艶を早期白化チヨウキングをする、変色と言った大変見にくいものとなる難点がある。
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| 自社改良塗装技術 |
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| 又、十年前より、メーカー技術と幾度も研究、回を重ね先ず従来の朱丹に匹敵する強度の塗膜とチヨウキングのおきない塗料の開発に努力し、今までの難点を改良して施工技術においてもその仕上げ面の美しさと立地条件にも支障なく作業ができて現在施工しています。又、開発後の施工にあたっては、現在に至る苦情は聞いておりません。(五年たっても変色しない)
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| 完成施工現場事例 |
| 現在 京都 伏見稲荷大社:鳥居・玉垣 塗装工事 |
| S60.12月 奈良 龍田神社:大鳥居 塗替工事 |
| S62.8月 京都 上賀茂神社:楼門・回廊 塗替工事 |
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