大野穰氏(故人) 建築塗装・・・昭和63年度受賞
 
絵心も必要
 塗装とは「建築工事などで、建物の装飾・保護などのため、塗料を刷毛や吹付で塗ること」と辞書にはあるが、「塗る」のではなく「描く」塗装技能を駆使していたのが大野さんである。
 金属には不可避的に冷たい印象がつきまとうが、そこに写実的に木目を描くことによって木のぬくもりを表現するのが木目塗装で、大野さんはそれに適した塗料の研究も併せて行い、従来の方法と較べて、速さ、美しさにおいて数段上まわり、木かと見まごうばかりのものとした。
 単なる塗装技術にとどまらず、絵心も必要な木目塗装を行える人は全国でも数少ない。和室の防火扉や社寺の鉄柱などに施工され、機能性と装飾性の二つながらの役割を果たしている。
 木目塗装は大野さんがおよそありとあらゆる塗装を手掛けてきた中で得られた技能であった。
 朝鮮半島に生まれ、昭和四年、母の勧めに従って京都で塗装の修行を始める。
父は船乗りで機関長だった。当時は塗料であるペンキも現在のものとは違ってジンクペイントであり、その硬軟の加減や調合、調色には難しいものがあった。しかし、だからこそ木目塗装に合った塗料を生み出すこともできたのだといえよう。二十八歳の時には日本国際空港塗装部の指導員も努めた。
 昭和二十五年に大野塗装店の看板を掲げる。以来、建築塗装はもとより、橋梁、機械類などの金属焼付塗装、美術看板製作など広範囲な分野の仕事をこなしてきた。なかでもその金属塗装は高い評価を受けている。昭和六十三年五月、息子の義郎さんに社長の座を譲った。その年、京都府優秀技能者として表彰を受けている。
 大野さんのもとで修行した人たちは今業界の中心となって、活躍している。ただ一つ、心残りは自らが開発した木目塗装の技能が絶えてしまうことだろう。